チタキヨのヨ

妙齢女だらけ演劇ユニット「チタキヨ」の作・演出担当、米内山陽子のあれこれ

わたしの血液は特にワインではありません

結局、昨日はお昼を食べてそのまま寝てしまった。

ああ、いい天気だったのにもったいない。

昨夜は満月だというので、

否が応にも期待が高まる。

満月や大潮の日に出産が多く有るらしいので。

だが、その期待を冷たい目で眺める自分ももう既にいる。

フフフ。もうそんなことでは騙されやしねぇぜ。といった塩梅である。

悲しいスレ方だ。

激しい痛みにも、もう特に期待はしない。

寝てしまえ、といって寝てしまうことにする。

ホントに陣痛なら起こしてみやがれ、という気持ちで床につくのだ。

しかし、昨夜は何度か夜中に起こされた。

胎動がきつかった時期を彷彿とさせる。

うんうん唸っても、横で寝ている夫は起きてはくれない。

こりゃあ、相当大声でアッピールしないといかんなぁ、と思っているうちに、

治まってしまう。

へっ。

こうしてスレていくのだよ。

夜中に何度も起こされたせいか、朝全く起きれず、

寝床から夫を見送る。

そのまま昼までぐっすり。

買い物から帰宅した母に起こされて、朝食(母にとっては昼食)を取る。

バースプランの話になる。

わたしたちの出産は、夫の立ち合いでする予定。

母がわたしを産んだときは、祖母と大叔母が立ち合ったのだそうだ。

へえ、と思って話を聞いていると、

今までそんなこと一言も言わなかったのに、急に、

母に「立ち合いたい」と言われた。

陸で溺れたような気分になった。

初孫だし、いつか弟の子が出産、ということになっても立ち合いはできないし、

わたしは母にとって血を分けた娘だから、立ち合いたい。

気持ちはわかる。

わかるが、受け入れられない。

産まれてくるのは、わたしと夫の子供だ。

わたしと夫で迎えたい。

「同じ部屋にいるだけでいいから」

と母は食い下がる。

違うんだ。

そうじゃないんだよ。

「産まれてくる瞬間を見て感動したい」

と言う。

わたしはそのために産むんじゃないんだ。

ただ、この子に会いたくて、産むんだ。

どうにかこうにか断るが、

多分母は納得していないと思う。

産院に「夫のみ、他は誰も入れないでください」と伝えておくしかない。

わたしは母が好きだ。

感謝しているし、あなたの娘で良かったと思う。

だけど、これは、違う。

まだ陸で溺れているような気分のまま、

へらへらと笑って母をやり過ごす。

深海に潜ったような気分だ。

気分転換に、一人で散歩に出ることにする。

髪が多いから、すこうかな。

おいしいコーヒーを飲もうかな。

マックによってベーコンポテトパイを買おうかな。

気付くと書店で本を買っている。

マイミク、アナナンに進められていた東村アキコの「ママはテンパリスト」、谷川史子の新刊、チームバチスタの栄光上下巻、赤すぐ、ベビモ。

コミックの新刊台をチェックし、夫の会社のコーナーをチェックし、

そのまま喫茶店を探して駅前をぐるぐる。

途中、薬局によって、パウダーファンデーションを検討する。

今クリームファンデーションを使っているが、パウダーの手軽さが必要になるだろう。

アバターも気になる。

何も買わずに薬局を出て、そのビルの三階の漫画喫茶に吸い込まれるように入る。

BECKの最終巻と吉田秋生の新刊、

内田春菊の「私たちは繁殖している」新刊などをさらりと読んでいると、

母から「何時に帰るの!?」とメールが来ている。

「ぶらぶらしてた。ごめんね」と返事をして、漫画喫茶を出るころに弟から着信。

「母がいつ帰るのかって言ってる。メールしても返事がないって」

多分、母はわたしの返信をみていない。

心配しているんだな、わかるけど、わかるけど。

帰りにマクドナルドで念願のベーコンポテトパイを買う。

メニューに載ってなくて焦る。

っていうか、おばさま店員「いらっしゃいませ」も言ってないけど、どうなのそれは。

「いらっしゃいませ」はマックの時給に入ってないの。

どうでもいいことにいらっとして店を出ると、

路上禁煙通路で目の前の青年が歩きタバコしている。

煙がめっさ顔にかかる。

ごめんなさい、タバコ復活したとしても、あれだけはしません。

だから、だから、ほんとうに、頼むから、×××くれ。

と、すごく物騒なことを思い。

すぐに中の人のことを思い。

なーんつって、××なくていいよ、と思い直し、帰宅。

夫に電話して、今日の顛末を話す。

なんだか涙が出る。

早く帰ってきてほしい、と懇願する。

後から思い返せば、どうでもいいことだらけなんだろう。多分。

いつか笑い飛ばせるんだろう、多分。

陣痛は、様々なジンクスや努力をスルーしてなかなか来てくれない代わりに、

感情が、何もかもをスルーできずに澱のように溜まっている。

澱が溜まるワインはビンテージものですごくいいやつなんだぜ、

というわけのわからない慰めを、自分で編み出す。

わたしは川島なおみか。